ポートフォリオ戦略実践講座:「日本の経済構造の変質を進めるカギを国際収支統計によって解析」  (2025/02/20公開)

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≪ ポートフォリオ戦略実践講座 ≫

   ー 日本の経済構造の変質を進めるカギを国際収支統計によって解析 -

 今回はマクロ経済に視点を移し、日本経済の構造が変質しつつある実態を海外とのやり取りを示す国際収支統計から解析します。
 日本は着実に進む少子高齢化を背景に国内での活発な生産活動に重点をおいたフロー経済からこれまでの蓄積を活用するストック経済へ重心が移らざるを得ない状況にあるように見えます。個人の金融資産はGDPの3倍以上の2,000兆円を超え、海外純資産残高は41兆円余りで30年以上に渡って連続で世界最大の純資産国となっています。
 経済成長が国民生活を豊かにすることは論を待ちませんが、今後は成長を評価する基準を生産面だけではなくストックが生む収益に対する視点も欠かせない情勢になりつつあります。
 こうした現実を如実に示すのが国内の生産活動の規模を表す国内総生産(GDP)と、海外からの所得も含めた日本国としての所得の大きさを示す国民総所得(GNI)の実際の動きです。
 下図は1994年から2024年までの暦年ベースのGDPとGNI、および海外からの純受取所得の推移を示すグラフです。白枠内に各指標の1994年と2024年の値を記しています。
(*)GNIはGDPに海外からの純受取を加えたものと考えてほぼ間違いありません。

  国内総生産(GDP)と国民総所得(GNI)および海外からの純受取所得の推移(名目値・暦年)
                 ―1994年~2024年―

   

 上段グラフの青線がGDP、赤線がGNIでいずれも左目盛、下段の緑線が海外からの純受取で右目盛です。
 図から、この31年間でGDP(国内での生産活動)が510兆円から609兆円へ19.4%の伸びであったのに対しは515兆円から648兆円へ25.8%の伸びになっています。この差をもたらしたのは、「海外からの純受取」が4.4兆円から39.2兆円に8.8倍に著増したことによります。日本の経済成長が国内生産の一本柱から所得全体も併せて評価する二本立てがふさわしくなっていることが分かります。こうした現実を解くカギが海外で稼ぐ儲けにあります。

 このGDP統計における「海外からの純受取」は国際収支統計では「第1次所得収支」にほぼ相当します。海外とのモノ、サービスのやり取りの総合的な収支は「経常収支」としてまとめられますが、第1次所得収支は「貿易収支」と並んで経常収支を構成する主要項目の一つです。下図は1996年から2024年まで経常収支と、貿易収支、第1次所得収支およびこれら項目と合わせて近時、インバウンド消費や海外のクラウド利用による赤字で注目を集める「サービス収支」の推移を暦年ベースで示したグラフです。

    経常収支と貿易収支、第1次所得収支およびサービス収支の推移(暦年)
                ―1996年~2024年―
  
   

 紺色の棒グラフが経常収支、その構成要素である第1次所得収支が赤色の折れ線、貿易収支が紺色の折れ線、サービス収支が緑線です。各収支の枠内にある数字は直近の2024年の収支で、は赤字を示します。
 なお、以下の各グラフにおいても当該の項目は紺色の棒グラフ、その構成項目は折れ線で示し、各項目名の枠内に2024年の値を記します。

 経常収支は2012年から2014年までアベノミクスの開始に伴う経済の急回復、また急速に進んだ円安と相まって輸入が急増したことで貿易赤字が拡大し、経常黒字幅が急減しましたがなんとか黒字を維持、対外収支で健全な状態を維持しました。経常収支の赤字転落を瀬戸際で食い止めたのが第1次所得収支の大幅な黒字です。第1次所得収支はその後も順調に黒字幅を拡大し、2022年にはコロナ禍とロシアのウクライナ侵攻が重なり貿易収支が2014年を超える大幅赤字になった際には余裕をもって経常黒字を支えています。

 以下で、こうした経常収支の黒字の維持を推移をもたらした構成項目の内容に分け入って見ていきましょう。
 まず、経常収支の黒字を支える主役である第1次所得収支の内容を見てみます。下図は第1次所得収支とその主な構成要素である直接投資証券投資による収益の推移を示すグラフです。

         第1次所得収支と直接投資収益、証券投資収益の推移(暦年)
                 ―1996年~2024年―

   

 紺色の棒グラフが第1次所得収支、赤線が直接投資収益で青線が証券投資収益です。各指標名の枠内の値は2024年の値です。
 期初の1996年においては第1次所得収支の6.1兆円のうち、直接投資収益の1.5兆円に対し証券投資収益は4.3兆円と証券投資による収益が圧倒していましたが、2018年を境に両者は逆転し直近の2024年には証券投資収益の14.2兆円に対し直接投資収益は24.5兆円と大幅に上回っています。
 これは、企業が少子高齢化が進む国内での需要が大きく伸びることが難しいという判断の下、海外でのビジネス拡張を目指し海外投資を本格化した結果と見られます。こうした傾向は今後とも続くと思われ、海外への活発な直接投資の下、第1次所得収支は今後も堅調に推移すると見られます。すなわち、GDPが多少足踏みする場面があってもGNI、国民ベースの所得は堅調に推移するものと思われます。
 では、第1次所得収支と並ぶ主要項目である貿易収支の動きはどうでしょう。
 下図は貿易収支と輸出と輸入の推移を示すグラフです。

            貿易収支と輸出、輸入額の推移(暦年)
                ―1996年~2024年―

   

 図から貿易収支は2010年までは安定的に黒字を維持してきましたが2011年にわずかに赤字になって以降はむしろ赤字が定着した感があります。これは、輸出がある程度安定的に推移しているのに対し輸入が継続的に拡大基調を辿っていることによります。
 こうした動きを為替相場との関連で見てみると、円安が必ずしも輸出の増加につながらない半面、輸入の増加に敏感に反応する傾向があるように見えます。ここから、輸出については海外への生産の移行が進んだことで円安が外国商品との価格競争力の強化に直接的にはつながず数量ベースの増大に必ずしもつながらないこと一方、、輸入については特にエネルギー関連など構造的な内需が底堅く外国商品にたいする価格上昇による抑制効果が働かない状況が見てとれます。
(*)輸出、輸入に関する詳細な検討はそれ自体大きなテーマであり、別の機会に譲ります。

 次に経常収支の3番目の主要項目である「サービス収支」の構成とその内実を見てみましょう。
 下図はサービス収支とその構成項目の推移を示すグラフです。

             サービス収支とその構成項目の推移(暦年)
                 ―1996年~2024年―

   

 サービス収支が紺色の棒グラフでその構成要素がそれぞれに色分けした折れ線です。ここでは構成項目が多いため、2024年の値は当該項目のサービス収支のみとし構成項目については全体的な傾向を見ていただきます。
 まず目につくのは赤線の「旅行収支」です。期初は赤字でしたが継続的に上昇トレンドを辿り2015年に水面上に浮上して以降、黒字幅を拡げています。コロナ禍の2020年から2022年にかけて落ち込みましたが2023年以降は一段と上げ足を速めてており、これも円安によるインバウンド消費の活性化がうかがわれます。2024年は全体のサービス収支が2.6兆円の赤字になる中、5.8兆円の黒字と気を吐いています。
 もう一つ注目したい項目は着実に黒字を続け近年、その幅を拡げている「知的財産権」です。これは主に特許権の使用料で日本の技術水準が決して世界的に見劣りするものではないことを示しています。そして気になるのがクラウドサービスなどの顕著な増加に伴う「通信・コンピューター・情報」の収支です。緑線で示されるように確かに着実に赤字幅を拡げていますが、実態は直近で2.4兆円の赤字でこれは知的財産権の黒字内に収まる規模です。今後急速に拡大する可能性は否定できませんが、巷間、時に聞かれる対外収支を回復不能に陥らせるほどの決定的な要素になるような状況ではありません。

 最後に、モノとサービスといった実態の伴う海外とのやり取りを総合的にまとめた経常収支に相対する形となる、おカネのやり取りをまとめた「金融収支」の動きを見てみましょう。
 下図は金融収支とその構成項目の推移を示すグラフです。

               金融収支とその構成項目の推移(暦年)
                  ―1996年~2024年―

   

 金融収支の主な構成項目は赤線の直接投資と青線の証券投資です。これは上記の第1次所得収支におけるそれぞれの投資から得られる収益ではなく投資額であるので投資を引き上げた場合はマイナスとなります。
 ここでは、証券投資が時々の国内外の経済情勢、金利情勢などによって大幅に振れるのに対して直接投資が安定的に拡大している点が注目されます。これは前記のように日本の企業が海外へのビジネス展開を長期的視点に立って着実に投資を進めていることを示しています。この投資が今後の直接投資収益の源泉となりそれが第1次所得収支の増大、国民ベースの総所得の増加につながることになります。
 日本経済の変質は着実に進みつつあると見てよさそうです。



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講師:日暮昭
日本経済新聞社でマクロ計量モデルによる経済予測、データベースに基づくポートフォリオ分析サービスなど証券分析のほか業種別日経平均など各種の日経株価指数の開発を担当。2004年~2006年武蔵大学非常勤講師。インテリジェント・インフォメーション・サービス代表。データを基に統計を駆使した客観的な経済・証券分析を得意とする。

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